−材料の超音波診断−

第17回(平成7年度)公開講座テキスト「暮らしの工学」より

1.キーワードはストレス
Q1:アムトラック(AMTRAK: アメリカの鉄道会社)で夏に脱線事故が多いのは?
Q2:牛乳びんに熱湯を注ぐと割れるのはなぜか?
Q3:骨粗鬆症を防ぐには運動がよいといわれるが,それはなぜか?

これらの疑問を解く共通のキーワードがストレス(stress)です.工学では,応力ともいいます.日常生活の中でこのストレスを実感する事例を紹介し,それらを通じてストレス(応力)への理解を深めていきたいと思います.ストレスといえば,我々は,複雑な人間社会からくる心理的ストレス,不眠不休で働いたときなどの生理的ストレスといやでも付き合わなくてはなりません.それらが高いレベルで続くと,身体にさまざまな疾患や変調が表れてきます.しかし,ほどよいストレスは生活に刺激を与えるし,ある意味で仕事を前進させる原動力にもなりえます.いずれにしてもプラスとマイナスの両面をもつストレスをうまく自己管理していくことが必要とされています.この点は,応力(力学的ストレス)にもあてはまります.うまく利用すると強い部品を作れるし,扱い方を間違うと思わぬ破壊の原因にもなります.また,ストレスはなべて内在するものであり,実際にどのような状態であるのかを外部から(あるいは第三者が)簡単に知ることができないのも共通しています.ただし,今日では超音波を使うと金属材料の応力は測定でき,その大きさを数値で表現できるようになりました.

2.ものが壊れるとき
応力を改めて定義すると「物体に外から力が加わったときその内部に生じる単位面積あたりの力」になります.垂直応力とせん断応力の2種類があります.垂直応力には引張りと圧縮があり,断面に垂直に力が働くのでそう呼ばれます.せん断応力というのは面と面を互いにずらすように作用する応力です.せん断変形やせん断破壊は直感的にわかりにくいですが,はさみで紙や布を切るときや朝シェーバでひげをそるときにお世話になっています.実は,地震も地盤のせん断破壊から起こります. そもそも応力はどのようにして生じるのでしょうか.外力を受けると物体を構成している原子や分子の間隔が自然状態から変化します.引張りではこの間隔が広がり,圧縮では狭くなります.この変形に反発し,もとの自然状態にもどろうとして発生するのが応力です.変形すれば応力ができる,逆に,外力と釣り合うために変形することによって応力を生み出す,ということです.ところが,この反発力には限界があり,物体によって決まるある大きさを越えるとそれ以上の応力を作れなくなり,破壊が始まります.

図1 ガリレオも曲げ応力の実験をしている. (A〜Dの上面には引張り応力,B〜Cの下面には圧縮応力).

地震は,断層に沿って「ずれ」が瞬間的に発生することに対応します.阪神・淡路大地震は西日本に広く作用していた東西方向の圧縮力が引き起こしたとされています.圧縮力がなぜ断層を動かすのか?それは,斜め方向に大きなせん断応力ができるからであり,その方向に走っている弱い断層がせん断応力に耐えきれずにすべったのです.岩石やコンクリート・れんがなどはもろく,大きな圧縮力には耐えれても,せん断には弱い性質があります.そのため,斜めにせん断破壊が起こって大地震になりました.また,今回の震災でコンクリート柱に斜めの割れが多く見られましたが,これも同じように説明できます.縦揺れと横揺れが圧縮力と張力となり,これらから斜め方向に「ずれ」が生じたのです.

図2 圧縮力と張力が斜めの面にせん断応力を作る.右図は朝日新聞(1995.11.24夕刊)から.

ここでQ1の答です.夏に気温が上がり,直射日光も受けるとレールの温度は上昇し,膨張しようとします.しかし,レールは互いにすきまなく溶接されているので伸びる余地がなく,長さ方向に圧縮力が発生します.この圧縮力が大きくなると逃げ場を求めて,レールは横に曲がろうとします.この状態のところへ列車が通過するとそれが引き金となって,特にカーブで本当にレールの曲がってしまって脱線事故となります.このような事故を防ぐために入念な保守が実施されています. Q2の原因もやはり熱によって発生する応力です.熱湯を注いだ瞬間,びんの内側は温度が上がり,熱膨張しようとします.しかし,外側は温度が低いままですから,熱膨張は起こりません.そのため,内側は自然な膨張が抑えられるので圧縮応力が,外側には内側の膨張に引張られる形で引張り応力が生じます.この引張り応力によって牛乳びんが割れる,という仕組みです.一見こわれやすい薄いガラスコップでは,温度がすぐに伝わって外側もほぼ同時に温度が上がるので,小さな応力しか発生せず熱湯によって割れることはありません.

このレールのような場合を除くと,圧縮応力が善玉,引張り応力が悪玉,と思って間違いありません.引張り応力は面を引き離すように働き,小さな傷でも破壊を誘発しかねないのに対して,圧縮応力はたとえ傷があってもそれを閉じる効果があるからです.最初からそのような圧縮応力を入れておく強化法は,日本刀,砲身の内面,鉄道車輪の踏面,やはり鉄道用の車軸,などに数多く取り入れられてきました.

3.体の中にも応力
無重力状態に長く滞在した宇宙飛行士の骨からはカルシウムが減っているといいます.スポーツ選手の中で,相撲,柔道,ラグビー(フォワード)のぶつかることの多い選手は骨太のようです.これらのことは,骨の圧電性によって説明できそうです.圧電性材料は,ガスレンジなどの点火装置にも使用されています.この種の材料をたたくと電圧が発生して,火花が飛ぶ機構です.これと同じことが骨の中で起こっているのです.圧縮応力を受ける部分はマイナスに,引張り応力ではプラスにわずかながら帯電して,電流が流れます.骨は,つねに造骨と吸収を繰り返して代謝していますが,この機能を電流が刺激すると考えられています.これは,不必要な部分の骨質を必要なところへ移動させる機能でもあります.つまり,大きな応力が作用している場所を補強して応力を軽減させるのです.生命活動も行き着くところは化学反応であり,化学反応は電気によって支配されています.これが,Q3の答です.応力→電流→造骨(あるいは骨吸収の減少)の順に起こっていきます.だたし,この応力は動的応力でなければなりません.荷物を担いで立っているだけでは「骨折り損」に終わります.素人同士で,電気的な骨粗鬆症治療器ができるのではないかと無責任な話をしています.

4.応力の測定方法
このように機械や構造物にとって極めて重要な応力を測定する必要があります.設計段階で想定した鉄橋の応力は正しいか,レールは大丈夫か,地盤沈下しつつある土地に埋設されているガス管は安全か?実際,そのニーズは枚挙にいとまがないのです.測定方法は古くから研究されてきましたが,多くが表面での応力測定ですし,大がかりな装置が必要であったり,センサを取り付けるのが大変だったりで,実用的ではありませんでした.これらの問題を一挙に解決するのが電磁超音波共鳴法です.用語は堅苦しいのですが,実際の測定は非常に簡単です.医者が聴診器で患者を診るように応力を測りたい,という念願がやっとかないました.しかし,これは金属にしか適用できないので,生体組織の応力を,体を傷つけずに測定することはできません.生体の応力を無侵襲で測定する方法はまだありません.骨については,圧電性を利用できる方法がないかと模索中です.

図3 応力による超音波共鳴スペクトルの変化.材料はアルミニウム合金.