薄膜の高速原子拡散と弾性定数モニタリング

薄膜は不思議な材料で、バルク材では考えられないような現象がしばしば発生します。そのひとつが、成膜直後の原子の高速拡散です。この研究では、この原子の高速拡散のメカニズムを弾性定数を介して解明することを目的としています。

○原子の高速拡散とは何でしょうか?

バルク材を室温で保持していると何が起こるでしょう?一般的な金属材料であれば、表面が酸化することはあっても、結晶構造が変化したり原子が自由に動き回ったりすることは無いでしょう。もし固体内の原子配置を変えたいのであれば加熱する、変形させるなどしなければなりません。ところが、薄膜の場合は成膜後に大気中で放置しているだけで結晶の配向性が変化したり、原子が薄膜表面で動き回ったりすることがこれまでの研究で明らかとなってきました。
具体的には、成膜直後に結晶粒界に存在している原子が薄膜表面に出てくると考えられており(図1)、薄膜を成膜した基板の曲率(反り具合)の変化を測定することで原子の挙動が調べられてきました。これらの研究では、成膜中に結晶粒界に過剰に原子が詰め込まれ、成膜を止めると粒界に存在していた原子が薄膜表面に拡散してくる(湧き出てくる)と考えられていますが、この現象は成膜直後から20分ほどの間に局所的に発生する現象であり、X線回折や電子顕微鏡で原子が拡散する様子を観察することは困難です。
そこで、我々は基板の共振周波数に着目しました。基板の上に薄膜を成膜すると、基板の自由振動の共振周波数が変化します。この周波数変化は薄膜の弾性定数に依存するので、共振周波数の変化を測定することで弾性定数の変化を知ることができるのです。そして、弾性定数の変化から原子が拡散している様子を解明しようと考えています。


図1 成膜直後の原子の拡散の様子。多結晶薄膜の粒界に存在していた原子が、成膜直後のわずかな時間の間に表面に拡散してくる。



それでは、実際の実験装置の概略図を図2に示します。共振周波数を測定するための装置をスパッタリングチャンバー内に設置しました。2本の針状の圧電振動子と1本の針状熱電対の上に基板を置き、一方の圧電振動子で基板を共振させ、もう一方の振動子で振動振幅を測定します。この装置で繰り返し共振周波数を測定して、共振周波数のモニタリングを行います。共振周波数を測定しながら基板上方に設置された電極から成膜を行い、成膜中および成膜後の共振周波数変化を連続して測定します。


図2 共振周波数モニタリングシステム



実際の測定結果を図3に示します。これは、単結晶Si基板(板厚0.1mm)にCu薄膜を350nm成膜したときの測定結果です。成膜を始めると共振周波数が徐々に低下し、成膜を中断するとわずかながら周波数が大きくなります。成膜直後の周波数変化を図4に示します。ここで注目してもらいたいのは、成膜直後の周波数の上昇です。成膜直後から共振周波数が上昇し始め、およそ20分の間に大きく上昇します。この周波数の変化はまさに弾性定数の変化を表わしていると言えます。なぜならば、共振周波数は薄膜の膜厚と密度によっても変化しますが、成膜を中断すると膜厚も密度も変化しないからです。成膜中には基板の温度が上昇し、中断すると温度は低下します。この温度変化によっても周波数は変化しますが、熱電対で温度もモニタリングし、温度変化の影響を差し引いて解析を行います。これによって、薄膜の弾性定数変化のみを反映した周波数変化を観察することができます(図4の赤印)。この周波数変化は、弾性定数が10%以上変化していることを意味しており、薄膜の内部で驚くほどの構造の変化が起こっていることを示唆しています。

図3 周波数モニタリングの様子


図4 成膜直後の周波数変化



<参考文献>

  • N. Nakamura, T. Nakashima, H. Ogi, M. Hirao and M. Nishiyama, J. Appl. Phys. 107 (2010) 103541.
  • N. Nakamura, T. Nakashima, H. Ogi, M. Hirao, and M. Nishiyama, Jpn. J. Appl. Phys. 48 (2009) 07GA02.
  • N. Nakamura, H. Ogi, T. Nakashima, M. Hirao, and M. Nishiyama, Jpn. J. Appl. Phys. 46, 7B (2007) pp.4450-4453.

(最終更新日:2010/11/16)